陽菜のチョーカーは何?陽菜はなぜ空から戻ってこれたのか?【天気の子】
要約: 陽菜のチョーカーは何?陽菜はなぜ空から戻ってこれたのか?【天気の子】
目次
陽菜についてまとめる
【天気の子】のヒロインの「陽菜」について考察する前の整理をしときます。
陽菜は・・・
天気の巫女の謎と秘密
空に祈りを届ける鳥居
陽菜は、ある日とある病室で、母親を見守っていました。
もう一度、お母さんと晴れの日を歩きたい。と願いながら。
すると、ある場所に向かって、太陽の光が差します。陽菜は、思わず走り出し、その場所にたどり着きました。
それが、あの「鳥居」です。
この「鳥居」は、あることをしながらくぐると、祈りが空に届くようです。
それは、「祈ること」です。
画像の権利者: 2019「天気の子」制作委員会
帆高は、「陽菜さんに会いたい」と強く祈って鳥居をくぐることで、陽菜のいる空の上へと向かうことが出来ました。
そして、陽菜は、「晴れてほしい。」と強く祈り、くぐることで、天気の巫女となりました。
天気の巫女の運命
天気の巫女は、空に祈ることで天気を変えることが出来ます。
が、その巫女の力は使うたびに、巫女の体と空をつなげていってしまい、最終的に「人柱」として、完全に空と同化してしまいます。
このことは、須賀さんと夏美さんが、天気の言い伝えを取材した時に分かっています。
なぜ陽菜が消える羽目になったの?
天気の巫女は、空に人々の祈りを届ける役割を持った空と人を繋げる糸だと作中で言われていますが、そもそもなぜ巫女である陽菜が、消えるような事態になったのか。
それは、巫女の人数が減って、巫女の負担が増えすぎたからです。
曰く、昔は天気の巫女はそれぞれの集落に、一人はいるようなそんな存在でした。
しかし、現在では陽菜だけとなっています。他にも何人かいるかもしれませんが。
要するに、巫女一人に対する負担がとてつもなく多くなったのです。
陽菜が一人で祈ると、東京全域が晴れました。昔は巫女一人で集落一つの天気を変えていたのに比べて、範囲がかなり広くなっています。
範囲が広くなり、明らかに無茶な祈りを頻繁にし続けたのです。
その結果、陽菜は空に干渉しすぎてしまい、結果、完全に空と同化してしまいます。
空の「水の魚」の正体
作中で、雨と一緒に降ってきたり、陽菜の周りに群がっていた「水の魚」いましたよね。
画像の権利者: 2019「天気の子」制作委員会
あの魚は結局なんだったの?となっている方も多いと思いますが、作中で言われたことをそのまま鵜呑みにすれば大丈夫です。
ヒントは、本田翼さん演じる「夏美さん」の「空は海よりもずっと深い未知の世界なんだってっ!」と「じゃあ、空には空の生き物がいるのかも」というセリフです。
合わせると、空には空の生き物がいて、海のような世界が広がっている。ということになります。
その生き物というのが、あの「水の魚」です。
様々な人が、この水の魚のことについて深く考察していますが、筆者としてはそんなに深く考察しなくてもいいと考えています。
「雲の中を泳いでいたりしていて、陽菜が急に祈るから避難できず、雨と一緒に降っちゃった。」とか「空が陽菜を人柱として欲しがっているから、魚が陽菜を持ち上げようと群がった。」とかやんわりと、見る人それぞれで解釈が違った方がおもしろい設定だと思います。
陽菜のチョーカー
陽菜が首につけているチョーカーは、
陽菜のお母さんの腕に付けられていたものです。
画像の権利者: 2019「天気の子」制作委員会
映画の序盤も序盤、一番初めのお母さんの病室のシーンで、お母さんの腕についていたのを二回目の鑑賞時に見つけました。
首から外れたチョーカー
陽菜が帆高に助けられて、空から降りてきたシーンで、安らかに手を繋いで地べたに寝そべった帆高と陽菜が描写されているんですが。
この時に、陽菜の首のチョーカーが外れていました。
チョーカーには のような形のアクセサリーがついており、雨。つまり天気のことを表していることが分かります。
そのチョーカーがあのシーンで外れることで、陽菜が「天気の巫女(人柱)ではなくなったこと」を表していたんだと思います。
陽菜のお母さんも巫女だったのではないか?という考察記事も多々目にしますが、可能性は低いと思います。
陽菜の気持ちが反映され、「雷」「雪」と荒れる天気
悲しい気持ちが「雪」となった
陽菜とその弟「凪」には保護者がいないので、警察が保護しようとします。帆高も、捜索願が出されていたので、故郷の島へ連れていかれます。
三人は、バラバラになりたくない。と家から飛び出し、逃亡を始めます。
この時、陽菜の気持ちはひどく不安で、悲しいものになっていたでしょう。
その気持ちが、天気に反映され、夏にも関わらず「雪」が降りました。
この時の陽菜は、すでに体のほとんどが空と繋がっており、水になっていました。(ただの巫女のときは反映されていないと思います。)
帆高を助けたい気持ちが、「雷」に。
帆高と陽菜と凪君の三人が、警察官に補導されかけたときに、帆高が囮となって警察官に確保されてしまったシーンがありました。
その時、陽菜は帆高を助けようと、空に向かって「お願い!」と願いました。
気持ちは、焦りや動揺など。激しい感情が蟠っていたと思います。
その結果、空から「雷」が降ってきました。
晴れにするのではなく、「祈りを届ける」能力
これちょっと面白いのが、巫女は「空に祈りを届ける」と作中で言われていましたよね。
このシーン以外、すべて陽菜は雨から晴れにしただけで、まるで「晴れにする能力」と勘違いしかけていましたが、あくまで「空に祈りを届ける」んでした。
「帆高を助けたい!」という祈りが、空に届いて、結果「雷」が降って、帆高を助けられました。
願いが叶ったわけですね。
これ多分、地球温暖化止めて!とかいったら、「人柱」何人必要になるか分かりません(規模が大きすぎるので)が、多分その願い叶いますよね(笑)
テスト受けたくない!の場合、台風のお出ましですwww
なぜ人柱になった?あのタイミングで。
「人柱」になったタイミング
陽菜が消えたのは、帆高をと二人でベッドに横になっているときです。
陽菜は、帆高にこう問いかけます。「ねえ、この雨が止んで欲しいと思う?」
この問いに対し、帆高は何気なく「あー、うん。」
と答えます。
この後に、陽菜は突然、消えてしまいます。
「人柱」になる条件
この時に注目するのは、陽菜の意思です。
陽菜は、というより、過去にいたすべての「天気の巫女」は自分の意思で「人柱」になったのではないかと筆者は考えています。
陽菜や歴代の天気の巫女は、世界の天気が自分一人にもたれかかっている重圧をいつも感じていたんです。
そして、天気は自分が「人柱」になることで、元に戻ると知った時、なんとか耐えてきた重圧が一気に襲い掛かってきます。
陽菜の場合、公園のベンチで夏美さんが「ちょっと気になることがあってね…」と切り出し、話をしていた時です。
その「人柱」で、天気が正常になると知って、重圧に今にも押しつぶされそうな陽菜に帆高の「一言」が刺さります。
そして、陽菜の意思は固まります。
帆高ですら、そう思っているのだから私は「人柱」になって天気を戻した方がいいんだ。と。
そうして、今までも天気の巫女たちは、悲しい最期を迎えてきました。
なぜ、陽菜は戻ってこれたのか?
「人柱」になるための条件が、天気の巫女自身の意思であると分かれば、これは自然に分かってきます。
「鳥居」をくぐり、陽菜に会いに行く帆高
上記で述べた通り、「鳥居」には祈りを空へ届ける力があります。
帆高は、「陽菜さんに会いたい」と祈りながら、鳥居をくぐり、空の上の陽菜さんに会いに行きます。
そうして、前言撤回をします。
「陽菜さんに「人柱」になってほしくない!」「陽菜さんがいなくなるくらいなら、天気なんか一生狂ったままでいい!」
自分のために、祈る陽菜
帆高が、世界の天気より自分が大切だと言ってくれた。
帆高の一言で人柱になった陽菜は、やはり帆高の一言で救われます。
帆高は言います。「今度は、自分のために祈って!」と。
陽菜は元気よく返事をし、祈ります。
「私は、人柱にはなりたくない!」
天気の巫女の意思が、「人柱」になるトリガーなので、陽菜がこう祈った時点で、人柱ではなくなりました。
そして、ラストシーンへ
保護観察を終えて、帆高は陽菜さんに会いに行きます。
雨の中を歩き、坂の上を見るとそこには
画像の権利者: 2019「天気の子」制作委員会
陽菜がいました!
そして、帆高は自分の責任を思い返すとともに、それらをすべて受け入れたうえで、陽菜に言います。(帆高の責任については、下の記事の「ヒロインを選んだ代償の描写」で詳しく書いていますので、併せてご覧ください!)
「僕らはきっと、大丈夫だ!」
ここのシーンほんとに素晴らしかった。。。
RADWIMPSの「大丈夫」についての余談
RADWIMPSさんが担当された「大丈夫」って曲に、映画のラストシーンでも流れる「♫世界が君の小さな肩に、乗っているのが僕にだけは見えて」という歌詞があるんですが。
この歌詞が「人柱」についてこの記事で書いた、重圧に押しつぶされそうな陽菜の心境をすごいよく表していて、このシーンだけのために映画見に行くのもいいくらいです。
もう最後の「♫崩れそうなのは、君なのに」なんてもう蒸発しちゃいます。
重圧に耐えながら、帆高のために人柱になろうとした陽菜を想像しながら聞くと、空の上に蒸発するかも